昭和43年2月5日 朝の御理解    (末永信太郎)    №43-019




 御理解69節の一節に、三年五年の信心ではまだ迷いやすいという、三年五年の信心ではまだ迷いやすい。十年と信心が続いたら、われとわが心をまつれと、こう仰る。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年と信心が続いたら、われとわが心をまつれと、こう仰る。
 昨日、あのように寒中修行が盛大に、寒の明けと同時に終わりました。本当に常日頃は朝参りの味わいも分からない人達も一緒に参加しての朝参り修行でございますから、まあ、人間心で言うならば、どういう、初めの間は起きても、段々少なくなるのじゃなかろうかと、こう思った。
 それが、実際は予期に反しましてから、ああいう盛況(日?)に終わりました。もう、日を追うに従って多くなって。もう、その修行が、例えば終わりました。終わりましたけれども、また今朝辺りは、こうやって、たくさんお参りがあっとる。
 そこで、その、そうした信心修行の有り難さといったようなものがですね、三年五年では、まだ迷いやすい。十年と信心が続いたら、されたその修行は、もう、あなたのものになる。そんな感じが致しますね。今日は、御理解69節のその一節のところだけを頂くんですね。まだ、これは本当、長い御理解なんです。
 けれども、そこんところの三年五年では、まだ迷いやすい、と。本当に朝参りの修行っちゃ有り難いもんだ、と。本当に一日のはじまりが御広前から、朝の御祈念から。本当に有り難い。例えば、よし、それが三年続いても五年続いても、まだ迷いやすい。いけないです、ね、迷いやすい、崩れやすい。それが、十年続いたら、われとわが心をまつれ。十年続いたら、その有り難いという信心修行が自分のものになるというような感じで、私は頂きましたんです。
 昨夜、私、11時過ぎ、あることがございましたから、まあ、一人で御神前に出てから御祈念をさせてもらうんですが。ほれで、朝からのこと、まあ、いろいろお届けをさせて頂いて。御神眼に大水が入ってくるんですよね。そして、その、家と家の相中に船が浮いて、その家から家へとこう、伝わって行けれるような状態なのである。はあ、これが私どもの信心の、まあ、正体だろう、と。
 大水が入るということは、水はお恵みと仰るから、それには大水ですから、これは、特別のお恵みだと、こういうこと。ね。普通は、そんなことはない。ね。船はお徳と仰る。お徳の船が、いかにも家から家の間を渡って行けれるように浮いておるけれども、これは、(みとう)のものじゃないのである。これは、神様の特別な働き、特別のお恵みの大水が入って、そこに浮かされておる、その船にお互いが乗って、はあ、大したおかげだ、大したごひれいだと、こう、入っておるようだけれども、それは、いわゆる、特別のものなんだ。この大水の水が、必ず引く時があること。そん時に船に乗っておれれるこそ、本当なものなんだ。
 昨日の朝の御理解は、もう、たった一言だったですね、信心に油断なくということでした。ですから、今度は油断しておりますとですね、引きよる、引きよることが分からないの、自分で。そして、いわば、船は丘にドン座ってしまうとったような結果になるのですよ。
 なるほど、そうだなあ、と私は、まあ、改めて思うたんです。昨日の最後の、まあ、修行、最後の仕上げというわけでもないですけれども、お粥食のおかげを頂きました。まあ、皆さんにとっては、まあ、修行であったろうと思います。ね。もう、お粥と聞いただけでも、もう、身震いするごと嫌という人もあるくらいなんです。まあ、けれども、それにはお茶粥さんという、何とはなしに、ちった違った意味の、その味がお粥さんですから、まあ、好奇心も手伝って、まあ、頂きはしたものの、まあ、ところがその、その反響が非常にその、とっても美味しかった。もう、あげんとなら毎日でんよかと、こういう訳なのである。
 ところがです、なら、毎日、例えば一回でもあの粥食を食べんならんということになると、やはり(   )ですねお互いが。私どもはおかげを頂いてから、まあ、それで、そのお生かしのおかげを頂いて参りましたです。まあ、子供達はそれこそ、お粥育ち、お茶粥さん育ちでございますから、もう、何日か茶粥が出来ませんと、家内に茶粥をせい、要求するように、まあ、茶粥は私の方では、もう、切っても切れないほどになっておるのでございますけれども。皆さんはそんな訳には参りませんと思います。
 また実際に、その、美味しいちゅうこともないけれども、茶粥の出来立ちというのは、確かに美味しいもんです。ある意味には、お漬物が美味しいのであるから、美味しい。私は二回、丼で頂いた、三杯頂いたという人があったぐらい、で、私は有り難いことだ、と。
 ですから、もう、予定よりも、(いくかばかり受けたいと?)申しておりました。有り難いことです。まあ、最後の修行。ね。私どもが、その信心をだんだん進めて参りまして、特別な神様の働きの中に、こうして修行が出けます。ね。ですから、神様もまた特別にお計らいを下さって、大水が入ったようなおかげも下さいます。けれども、それはいつもではないということ。
 昨日は、松栄会の発会式、お届けがございました。ちょうど、大変厳しい色んな、その、まあ、何ちゅうですかね、規約といったようなものがある訳ですね。なるほど、第一に修行をモットーとする会。この若い時でなかなきゃ出来ない修行。ね。それに、参加出けれる、それに共鳴でけれる信心。堤清さんが会長になられました。麻生さんと嘉朗さんが副会長。あれは、推進委員会がですね、(しんどう)推進委員会が発会の時に、菊栄会のメンバーのことを頂きましたのが、青年(しょうこう)というような意味合いで頂きました。今こそ、青年(しょうこう)が立ちあがる時だといったようなことで、それぞれの大事な、いわゆるポストについたわけです。
 昨日、私はそのことをお届けさせて頂きよりましたらですね、頂きますことがです、あの、飛行機に乗るような方達がですね、その飛行機に乗る前の、いわゆる、練習を致します。もう、何か(てばみ?)のように体をこう、ひっくり返ったり、ひっくり返されたりするとこなんですよね。いわゆる、そういう激しいトレーニングの後じゃなからなければ、あの飛行機が上に上がってです、宙返りを致しましたり、いわゆる、戦闘になった時にですね、その、くるくる舞ったりするような時に体が持てない。
 なるほど、ひどい、言うならば、その厳しいそうした修行の終わってからでなからなければ、飛行機には乗れないというのでございますよね。私は、飛行機乗りということは、これは、高度な信心という意味に感じたんですよ。高い、ね、程度の高い信心。本当に、言うならばです、私は地上、その、何千メートルでしょうかね、というような上空からです、飛び降りれるくらいな度胸がなからなければ、この会には入れない。というのは、ただ飛び降りるだけじゃないですよね。
 いわゆる、安心という傘を持ってです、ね、落下傘を持って飛び降りれるくらいな、私は度胸とそれだけの修行精神がなからなければ、この会には入れないといったような意味の規約があるんです。ね。これは私が頂きましたことですから、そんな風には表現してございませんけれども、そういう訳なんです。ね。
 いったん緩急の時には、いわゆる、身をもって道のためにでも働かせて頂こうという、いざという時のけいこが、日頃積まれておくおかげを頂きたい。だから、そういう、例えば、ある年配の年代の方達で、それを覚悟の上でならば、後、次々と入会がされるという訳じゃないけども、入会をお勧めしたいという会なんです。ね。本当に私は思うですね。あの、飛行機上からですね、その、落下傘を持って飛び降りる、あれは、大変な一つの勇気がいるもんだろうと思いますよね。簡単なこっじゃないと思う。
 けれども、飛行機乗りになる私は、という覚悟の出来た人は、落下傘を持って飛び降りるくらいな、私は覚悟はなからなければ出来るこっじゃないと思うです。ね。信心にも、それが必要なのだ。牛に引かされ善光寺参りで、今度は久富先生んところの息子の広道さんが、毎朝、送ってきたんですよね。
 自分もだから、そのおかげを頂いて、まあ、信心の有り難いということが段々分かって来た。ね。だから、これは広道さんもこれに入会させる時じゃなかじゃろうか。今年、今度の寒修行にも、ああして出けたことじゃから。そういう難しい条件でも、その、まあ、共鳴が出けるならかてにゃいけんと言うので、末永さんがこのことを伝えに行ったらしいんです。ところが、その、昨日早かったもんですから、家で休んどったんですね。ところが、あの、合楽から参りましたというのが、末永さんが来たわけですね。
 それで、もう、それこそ心臓が止まるようにびっくりしたち言う。しもうたあ!父親に何かがあったと、こう思ったんですね、お父さんに。そして、聞いたところがそれだったもんですから、もうホッとしてから、もう、この気持ちで修行をすんなら、出けんことなかろうけん、僕もかてて下さいちゅうことだったそうです。それを、昨日来てから発表するんですよね。僕は本当にだらしがなくて出来ませんけれども、あの父親がですね、合楽からと言うて使えが見えた時に、もう、何かがあったと、こう思った。
 いわゆる、その、この気持ちで信心に打ち向かやですね、僕でもそういう難しい条件の元の信心であっても、入れんことはなかろうから、入れて下さいということであって、遅うから参りました。ね。いわゆる、落下傘から飛び降りるような思いなんです。ね。一遍、飛び降りてみると、後は二回三回続けて行くうちに、私はもう、平気で出けるようになるのじゃなかろうかと、こう思うのですけれども。
 信心には、そういうような、私はひとつの機微というかね、ものが必要だ、やっぱり。ね。我情我欲を捨てるということでもそうなんです。ね。昨日は私もちょっと参加させてもらったんですけれども、いわゆる、最近、先生が言われる還元の生活とはどういう生活だろう。もう、銘々に取り方が違うんですね。
 それは、ちった違いはせんかと思うような、その頂き方をみんなしてますけれどもです。ね。還元というのは、元に返るということである。元に返すということである。ね。そういう、私はおかげを頂かせてもらう。昨日の、まあ、最後のお粥食修行なんかは、私はある意味で素晴らしい還元だと思うですね。ある時は、たくさん、昨日はその人に、まあ、頂いてもらった粥食ですけれども、実際を言うとですね、7升足らずのお米しかいってないんです。いかに節米になるかということが分かるでしょう。ね。百何十名の人達が頂いております。しかも、2杯ずつも3杯ずつも頂いた人があっても、それでも、7升足らずで、6升分ぐらいあまりしか行っとらんということです。
 だから、いかにその、節米になるかということが分かる。いかに、還元して、もう、そのこと、お粥食を頂いておること事態が還元なのですよ、もう。ね。そこで、私が今日頂きます、ね、お互いの信心が三年五年ではまだ迷いやすい。十年と信心が続いたらと、本当に寒修行一月期間の、お互いの一つの成果とも申しましょうか。様々な体験をその修行を通して頂いて、朝参りということは有り難いんだ、と。ね。
 朝から何時間という間は、その時間を神様にお返しする。まさしく、還元である。自分のことじゃない。ね。そういう意味にもとれましょう。しかも、それがです、有り難かったが一月経っただけで、有り難かというようなものは、まだ迷いやすいんだ。いや、三年五年経っても、まだ迷いやすいんだ、と。
 五年、あと修行が出けておりますと言うても、まだ迷いやすいんだ。それが十年経ったら、まあ、どうやら本当なものになり、いわゆる、十年経ったら、われとわが心をまつれるくらいな、いよいよ、その修行が身について来るようなおかげになって来るのじゃなかろうかと、こう思うのです。
 そこで、私は思う。ね。そういう信心がですね、どういうようなところに、根本理念がおいてあればおかげかということを思うのにですね、けっきょく、いよいよ、自分自身が分かるということなんだ。とても人のように、7時間も8時間も寝るような資格はないんだ、と。ね。
 とても、人のように三度三度頂くような資格は私にはないんだ、と。ね。(油断でも?)すると、すぐ楽な方へ走ろうとする。とても楽な、自分で楽どもしようというような心を起こすような私、起こせれるような私ではないんだというところが大事なんです。いよいよ、自分が分かるということです。
 とても私だん、固いご飯どん食べられる資格はない。こんなもんども身につけられる資格はない。ね。言うなら、借金を負うてからでも食べよう、借金を負うてからでも着ろう。そういうような資格が全然ない自分であるという、その自覚に立ってから。ね。でなからなければ、本当の意味での、私は有り難い還元生活が出来ないと思う。そうでしょうが。ね。
 ですから、とても人がです、人が一時間、ね、信心しなさりゃおかげ頂きなさろうけれども、ね、私はその十倍の十時間しなければ、隣には付いていけん私であるという自覚なんだ。ね。そこに私は、人が三年五年で止めても、私は十年と続けられるだけの信心が出けるんだという風に思うのです。ね。
 それにはやはり、ね、松栄会のその精神じゃないですけれども。ね。飛行機から飛び降れれる。もちろん、落下傘を抱いてである。くらいな、私は踏ん切りというか、度胸を付けなければです、続けられるものではなかろうと、こう思うのです。本当にひとつ、これが皆さんのもの、ね、本当に自分の信心の血に肉になるまで、お互い信心修行を、いわゆる油断なく怠ってはならないと、こう思います。ね。
 いかにもおかげを受けておるようでありましても、これは、朝参り、お広前だけのことじゃありません。自分なら自分の家庭の上にでも、いかにもおかげを受けておるようでありましても、それは、私はまず、信心も出けんのに、かくまでおかげを受けておるのでありますから、それは、大水のようなものであると悟らにゃいかんです。ね。ですから、その、大水が引いた後にです、引いた後に、丘に船がドン座ってしもうておるといったようなことのないような、私は信心をですね、油断なく続けて行かなければならんと思います。どうぞ。